【 僕と死神 】
(c)2000 A.Hiramatsu
文芸の部屋(笑)に戻る
僕は小さいころからずっと病弱で、入退院をくり返している。病名は・・・よく覚えていない。ヴァスヴンデルト・ベルゲシュテッヘン・なんたらかんたら症候群とかいう、なんか舌を噛みそうな、やたら長ったらしいドイツ語っぽい病名なんだけど。いずれにせよ、簡単に治る病気ではないらしい。
特に今回の入院はひどい。3ヶ月以上前からこの病院の病室でずっと寝たきりだ。いまだに退院のめども立っていない。それどころか病状は悪くなる一方だ。僕は今、一応中学2年生のはずなんだけど、僕にとってはもう「学校」は遠い世界になってしまった。
こうして寝ているぶんには、さほど苦しくはないのだが。しかし、ちょっと起きて歩いただけで途端に息が苦しくなり、立っていられなくなる。ひどい時にはそのまま意識を失う。今の僕は百歩と続けて歩くこともできないのだ。
窓から午後の明るい日差しが差し込み、床にくっきりと明るい平行四辺形を描き出す。それを見ると僕はどうしようもなくやり切れない気分に襲われる。
いまごろ同級生たちは、太陽の下で思いっきりグラウンドを駆け回って青春しているだろうに。僕は毎日病室の壁や天井や、いつも同じ風景の窓ばかりをながめているだけ。会う人といえば両親と医者とおばさんばかりの看護婦くらい。はじめのころは見舞いに来てくれたクラスメイトも最近はさっぱり来なくなった。
河野さん、どうしているかな・・・
河野さん・・・フルネームは河野久美子さん・・・は同じクラスの、僕が密かに思いを寄せていた女の子だ。完全に僕の片思いで、特に会話らしい会話をしたこともない。
河野さんは一度だけ、5〜6人のクラスメイトといっしょに見舞いに来てくれた。友達に誘われて来たらしい。まさか彼女が来てくれるなんて予想もしていなかったから、その時僕は天にも登るような気持ちだった。・・・そういえば、河野さんの私服姿を見たのはその一度きりだな。私服の河野さんは本当にキュートで素敵だった・・・結局その時も河野さんとは会話らしい会話をしなかったけれど。
それが河野さんを見た最後だった。その後もまだしばらくはクラスメイトは見舞いに来てくれたけど、河野さんが来たのはその一度だけだった。そのとき彼女が来たのは単なる気まぐれだったのだろう。彼女にしてみれば僕なんてどうでもいい存在だったに違いない。
・・・やがて、クラスメイトも次第に来なくなった。
−−−−−−−−
最近、注射の本数がやたら増えた。そういえばこのところ親や医者の態度がおかしい。なにか隠している。
僕は直感した。・・・「僕は、もうすぐ死ぬ。」・・・
ああ、僕の人生何だったんだろう。僕はこのさびしい病室で人知れず枯れるように死ぬために生まれてきたのか。就職とか結婚とか、人生の大イベントとは無縁のまま・・・
もう河野さんに会うことも無いまま死ぬのだろうか? 死ぬ前にせめて一度でいいから河野さんに会いたい。でも、会えたとしても河野さんはこんな僕を好きになってはくれないだろうな・・・たとえ、万に一つの確率で河野さんが僕を好きになってくれたとしても、僕はまもなく死ぬんだ。
悲しい。悔しい。どうして僕だけこんな目にあうんだろう。全世界を思いっきり呪ってみた。でも何も状況は変わらなかった。
そうこうするうちに、僕は一日のうちで意識がはっきりしている時間が、次第に少なくなっていった。
次の章へ